覚書

美術商が持つ美術品の常識的な相場感について

更新日:

価格の妥当性が理解しにくい美術品ですが実用品でないため総じて高いという印象を持たれている方も多いと思います。

事実良い美術品は高いものだという誤解を逆手に、作品は高くしないと売れないなど誤った非常識が言われたことも過去にはありました。

まず断っておきたいことは昔の方が美術品は高価だった。美術家に高い報酬が支払われていたという事実はあります。室町時代から江戸時代は、時の権力者の城や屋敷、大きなお寺には立派な調度品はもちろん襖絵や屏風など有名な絵師による作品で彩られています。

また明治以降は旧財閥を筆頭に経済界の重鎮が美術のパトロンとして美術家を自宅に招いて制作を依頼したり親交をむすんでいた様子は残されている書簡などから明らかです。その頃はそのような半分公共事業のような仕事が権力者の権威として制作を依頼していたわけですから十分な手当が支払われていました。

その後、時代が豊かになるにつれ次第に美術品が庶民の家屋に普及していくわけです。庶民の時代になってから相場という相対的な評価が美術に登場します。

3大巨匠 横山大観・梅原龍三郎・平櫛田中が決めてきた美術相場

私が美術商の世界に入った30年ちょっと前では、日本画では横山大観、洋画では梅原龍三郎、彫刻では平櫛田中(ひらくしでんちゅう)が相場のトップでした。

この3大巨匠が相場の基準になりえた理由は、ある程度流通する作品量があって画商にとっても購入者にとっても日本のトップという認識があったからです。

この認識は今でも間違ってはいないと思いますし節度をもった資産としての価格体系を維持してきた意味は大きいと思います。

この巨匠たちの作品の値段が家一軒と同じ程度で過去永く価格が維持されてきたのです。

当時ですと2000万円から3000万円、名品の類で5000万から6000万の幅でした。

横山大観の「海山十題」など特別の名品は価格も特別で、美術商とコレクターの間で水面下で動いていましたから例外です。

ここでいう相場を決める交換会と言われる美術商の業界内市場には出てはきません。それら超名品は、特別ですし所有者も判っていますから手放すようなことがあれば欲しいという方が順番を待ってたわけです。

安宅産業の中国・朝鮮陶磁器や速水御舟の「安宅コレクション」や東洋バルブの西洋骨董・日本画の「北澤コレクション」は有名でした。

安宅の速水御舟のコレクションは山種証券に収蔵され、北澤の横山大観の名品を含む日本画のコレクションは足立美術館に収蔵されました。

この時の北澤コレクションの購入交渉は有名で文章にもなっています。創業者の遺言ですから足立美術館は横山大観の「海山十題」が売りに出れば今でも、たとえ白紙小切手を渡してでも、全力で手に入れることでしょう。

というわけで、だいたい業者相場「2〜3千万」が常識の上限としてありました。そういう意味では横山大観は不況に強いと言えますね。資産としては優秀なわけです。

-覚書

Copyright© 美術は資産だ!オークション活用のススメ , 2024 All Rights Reserved.